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How I Have Come to Know God 神を知るようになったか - 第3章

第3章

神様とともに歩む

神様との歩みの始まり

その時点から、わたしは次から次へと起こる奇跡を通して神様を体験し始めました。わたしの信仰はこれらの驚くべき奇跡によって、また主がいかにわたしの必要をみたしてくださったかということにおいてすら、ますます強められました。一缶の乾燥カブがいつまでたってもなくならないということがありました。いくらたくさん食べてもいっこうにへらないのです。とうとうカブを食べあきた頃、とうとう神様は供給を止めてくださいました。その後、わたしは列王紀上第17章15-16節で似たような話を見つけました。”彼女の家族は久しく食べた。主がエリヤによって言われた言葉のように、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えなかった。”これはわたしが経験した多くの奇跡のほんの一例です。わたしはまた神様が用いてたくさんの大いなる奇跡を行われた力強い神の民にも出会いました。(しかしそれはまたそれ自体、大変長い話になるので、今回は時間の都合上省くことにします。)

神様が現実だということがどうしてわかったのですかと尋ねられる時、わたしは”これほど多くの奇跡を経験したあとで、どうしてわからずにいられるでしょうか?”と答えます。

2年半経って、ある日わたしは神様に尋ねました。”わたしに何をしてもらいたいとお考えですか?もし中国にいろとおっしゃるなら、喜んでそうします。でも、何をすべきか教えて下さい。”

わたしにできることは限られていました。中国内での仕事は全て政府によって管理されていました。政府の許可無くしては新聞を売ることすらできませんでした。2度中国を離れる許可を申請しましたが、ビザを取ることができませんでした。

わたしの健康状態は栄養不足のためどんどん悪くなっていきました。ある日わたしは冷や汗をかくのを感じてそれが結核の徴候かもしれないと思いました。わたしの母がかかったのと同じ病気で、母の病状は非常に重く、片方の肺を切除しなければなりませんでした。わたしは無料のレントゲン検査を受けた結果、片方の肺に影があると言われました。しかし、わたしには食べ物を買うお金すらなかったので、薬を買うことはなおさら無理でした。

再検査を受けるために、別の病院へいってもう一度レントゲンを撮りましたが、結果は同じでした。そこでふたつの肺の絵に影のある位置を示す印をつけたカードが発行されました。このカードがあれば政府からの制限をほとんど受けずに中国国内を自由に旅することが出来ました。わたしは北京にいる叔父を訪ねることすら出来ました。何故だと思いますか?というのは質問されるたびに、このカードを見せるだけで自由に行かせてくれたからです。わたしが結核を患っていると思ってだれも近寄りたがらなかったのです。この小さなカードはおそらくわたしが最終的に中国を離れることを許可されたひとつの理由でもありました。

神様はわたしに聞き取れる声で語られた

ある日わたしが自分の部屋で祈っていた時、声が聞こえてわたしにこう言いました”わたしはあなたを中国から連れ出す。”その声があまりにはっきりと明確だったので、わたしは誰が話しかけているのだろうかとあたりを見回しました。部屋には誰もいませんでした。これが初めて(そしてこれが最後ではありません。)神様がわたしに聞き取れる声で語られたときのことです。(後にわたしはイザヤ書第30章21節で”そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く。”という箇所を見つけました。)神様からのこのメッセージを受けたあと直ちにわたしは荷造りを始めました。兄弟姉妹達はわたしが出国ビザを取得したのかと思っていましたが、わたしは彼らに”いいえ、まだビザはおりていません。でも、主ご自身がわたしを中国から連れ出すとおっしゃったのです!”と言いました。

聖書の中には神様が彼の民に語られたというたくさんの類似した話が出てきます。例えば、使徒行伝の中で、主は何度もパウロに語られました。しかし、今日の平均的クリスチャンはあまりにも平凡になってきたので、これらの経験は今となってはとても異常かあるいは奇妙なことだと思われています。問題は正確に言うとどれほど真摯に委ねているかというところにあります。今日、生半可で不熱心な教会員はたくさんいますが、完全に委ねているクリスチャンはほとんどいません。西洋社会の教会は生ぬるく、クリスチャンになることになんの犠牲を払う必要もありません。”自分の十字架をとってわたしに従いなさい。”という言葉は西洋のクリスチャンにとっては全く意味がなくなってきています。この安っぽい薄められた改宗(罪の救済)では神様を経験することも、じかに神様が現実だということを知ることもできないでしょう。しかし、主に完全に委ねた時あなたは神様の奇跡の力を、特にあなたが困難や危機的な状況に直面している時に経験するでしょう。そういうわけで、中国にいるクリスチャンはいつも奇跡を体験するのです。中国でクリスチャンになるには完全に委ねることが必要です。なぜならそれは命がけだからです。わたしも中国でクリスチャンになるために、完全に委ねなければなりませんでした。

どのように神様がわたしを中国から連れ出されたか

次から次へと奇跡を起こして、神様はわたしが中国から出る道を開いてくださいました。しかし、とうとうビザがおりた時、わたしには国を出るためのチケットを買うお金がありませんでした。さて、どんな風に神様が備えてくださったのでしょうか!突然、わたしの叔父がお金を送ってきてくれました。今までそんなことは一度もなかったのにです。叔父はわたしが中国を出ようとしていることすら知りませんでした。叔父はわたしの父からそのお金を受け取りましたが、もらっておきたくなかったのでわたしに送ったのです。それがちょうどわたしが出発しようとしている時だったのです。神様のタイミングはみごとに完璧です!

しかし、わたしはもうひとつの問題にぶつかりました。中国を出るビザは取れましたがわたしは香港に入ることができませんでした。なぜなら香港にはあまりにも多くの難民がいたので、英国当局はわたしが第三国へ行くという証明をしない限り入境を認めなかったからです。その問題はかなり長引いて、わたしの出国ビザの期限がもうすぐ切れてしまうところでした。スイス領事が英国領事に電話してわたしの代わりにビザを申請してくれましたが、それも拒否されてしまいました。

わたしは主の御前に行って、聖書には主が開けたドアは誰も閉じることができないと書かれていますと言いました。次の日、わたしは英国領事館に行きました。カウンターの係りの人に何の用かと尋ねられ、わたしは香港へ入るビザを取りたいのだと 言いました。彼はわたしのパスポートを受け取り、わたしに待っているようにと言いました。そして彼はわたしの書類を持って戻ってくると、どれくらい香港にいるつもりかと尋ねました。わたしは1ヶ月と答えました。驚いたことに、ビザは直ぐに交付されました。

深曙Vから香港へ橋を渡ったとき、英国人の係官がわたしに尋ねました。”英語は話せますか?”わたしはハイと答えました。

彼は言いました。”君のビザは非常にめずらしい。”

わたしは1ヶ月ビザの何がそんなにめずらしいのかと尋ねました。

彼は言いました。”いや、君のは1ヶ月以上のビザだよ!香港に期間の制限なくいられる許可が出ているんだ。わた自身もこんなビザはいままで見たことがないよ。”

わたしは彼にどうすればいいのかと尋ねました。すると彼は言いました。”つまり、君はいくらでも好きなだけ香港にいていいんだよ!”

結局わたしは香港に9ヶ月滞在し、香港の身分証を取得することさえできました。もしこれが主の計画でなかったとしたら、一体これをどう説明することができたでしょうか?

職探し

香港でわたしは主に尋ねました。”ここにいる今、わたしに何をしてもらいたいと望んでおられますか?”主はわたしがヨーロッパに行くことを望んでおられるという御意志を非常に明確に示されました。しかしわたしは職もないのにどうしてヨーロッパに行く資金を手に入れることが出来るでしょうか?

1950年代には、香港に何十万人もの難民がいました。大変な競争の中でどうしたら仕事を見つけることができるでしょうか?しかし、神様のなさることは本当に信じがたいほど素晴らしいのです。ある日わたしは英語から中国語と中国語から英語への翻訳の職に空きがあることを知り、すぐにこの高給な公務員職に応募しました。面接の日が来て、わたしはその職にたくさんの応募者がいることを知りました。わたしは口頭と筆記の試験を受け、しばらくして採用通知を受け取りました。

それから主はわたしを次の試みに会わせられました。わたしはただ臨時的に働いてヨーロッパに発つつもりでしたが、その職は終身雇用だったのです。わたしは雇用係官に本当のことを言おうかどうか決めるのに苦しみました。もし言えば職を失うことはわかっていました。とうとう最後に正直に話すことに決めた時、わたしは主に言いました。”神様は今までにもたくさんの奇跡を起こしてくださいました。もしわたしがこの職につくことが神様の御心でしたら、雇用条件にかかわらず絶対にそうなるでしょう。”

わたしは雇用係官に採用されたことを感謝する手紙を書きました。しかし、クリスチャンとして、自分の立場を正直に言わなければならず、ヨーロッパに行くまでの1,2年だけ働くつもりだったと彼に言いました。彼の返信にはこう書かれていました。”正直に言ってくれてありがとう。しかしわたし達は終身雇用のスタッフを探しているので、もしあなたが考え直して1,2年以上働くつもりでなければ残念ながら他の人を採用せざるを得ません。”それではその職を誰か他のひとに回してくださいと言うほかわたしには選択の余地がありませんでした。

そのように決めた後に、わたしが滞在していたルーテル・ホームにいたクリスチャン達から”なんてバカなことを!香港でどれほど多くの難民が飢えているか知らないのか?”と叱られました。わたしを叱った中のひとりは上海教会の長老をしていた人でした。彼はこう言いました。”若者で厄介なのは彼らが生活の現実を知らないということだ。せっかくいい仕事が見つかったのに断ってしまうなんて。わたしを見てごらん。もう50歳を過ぎていて、同じガス会社で30年以上も働いているが、どれほど稼いでいると思う?君がもらえるはずだった額よりほんの少し多いだけだよ。若者なのにそんなにたくさん稼げるなんて!それを断ってしまうなんて君は本当に気が狂っている!”そのようにわたしはさんざん叱られました。わたしは弁解することなく、ただ全てを主に委ねました。

こうしてわたしはまた振り出しに戻りました。職もなくどこでヨーロッパに行くお金を手に入れたらいいかもわかりませんでした。ミッション・スクールがわたしに英語教師の職を提供してくれましたが、あまりにも薄給だったので、そこで一生働いても到底ヨーロッパに行くのに十分なお金を貯めることはできませんでした。結局その仕事も実現しませんでした。香港には船が沢山あることに気が付いて、船長たちに甲板員か船室清掃係りは要らないかと尋ねて回りました。船長達はとてもいい人達でしたが、船員は十分足りていたのでわたしを雇うことはできませんでした。しかし神様はわたしのためにすでに計画を用意して下さっていました。神様はわたしの信仰を試しておられただけなのです。

神様の奇跡的な備え

そうしているうちに、太平洋の向こう側のアメリカ西海岸オレゴン州であるひとりの婦人がひざまずいて祈っていました。神様が彼女に”香港へ行きなさい。そこでやってもらいたいことがあるから。”と言われました。この婦人は多分55歳くらいで、とても裕福な家族の一員でした。彼女はアメリカから一度も海外へ出たことがありませんでした。彼女にとって香港に行くことはまるで月に行くようなものでした。

彼女は夫に”今日お祈りしている時、主がわたしに香港へ行けとおっしゃったのよ。”と言いました。

彼女の夫もまたとても敬虔なクリスチャンで、彼女にこう言いました。”主がそう望んでおられるのなら、香港へ行きなさい!”

それから彼女は主の御前に行き、香港で何をすべきなのか尋ねました。主はただこう言われました。”まず香港へ行きなさい。着いてからそこで何をするのか教えます。”(クリスチャン生活のひとつの原則は神様は一度に一歩づつ導いてくださるということです。)そうして彼女は香港へ旅してわたしがいたルーテル・ホームに滞在しました。何週間か毎日彼女は主に何をして欲しいと望んでおられるのか尋ね続けました。

ある日静かな祈りの時間の最中にドアをノックする音が聞こえました。わたしがドアを開けるとそこにその婦人が立っていました。彼女はわたしに、”主がわたしに語られ、あなたがヨーロッパへ行くためのチケットを買うように示されました。”と言いました。わたしは感謝の気持ちを伝えましたが、そのことについてもっと祈ってくださいとお願いしました。彼女は即座に”いいえ、主はわたしにとても明確に示されたのです!”

数日後、彼女は戻ってきてわたしにチケットを予約したかどうか尋ねました。わたしがしていないと言うと、彼女は”チケットを予約しなさい。主が何故わたしをここに送られたのか、わたしには今本当にはっきりとしています。主はわたしに成すべきことを与えられました、そしてそれはあなたをヨーロッパにおくることなのです。一刻も早くチケットを予約しなさい!”その日は金曜日でした。

毎日、新聞を読んでいたのでわたしは香港からヨーロッパへ行く全ての船のスケジュール、航路と運賃を知っていました。ヨーロッパ行きで一番安いのは翌週火曜日に出発する船だということもわかっていました。そのアメリカ人の夫人が親切にちょうどの金額の小切手を下さった後、わたしはすぐに船会社へその船の席を予約しに行きました。しかし、わたしがそこに着いた時、運賃はスエズ運河での戦闘(1956年)のため20%値上がりしたと言われました。戦闘のため運河は閉鎖されており、1ヵ月後に船がその地域に到着した時航行できるかどうか誰にもわかりませんでした。もし、できなければ船は南アフリカと喜望峰を回るずっと長い航路を航行しなければなりませんでした。わたしは船会社の人にもし船が結局運河を航行することが出来た場合に20%の割増料金を払い戻ししてもらえるのかどうか尋ねました。彼は確かではないけれど、戦争直後にスエズ運河を航行する船の保険料はとても高いので(沈没船と浮遊する水雷による危険のため)払い戻しの見込みはないだろうと言いました。いずれにしても、チケットには”スエズ運河の状況にかんがみて船会社は20%の追加料金の全てまたは一部を保管する権利を保持し、これに関する決定は船会社のみの裁量に任せるものとする。”という条項が付け加えられました。その日はもう金曜日で、船は火曜日に出発の予定でした。いったいどのように余分のお金を手に入れたらいいのでしょう?

ルーテル・ホームに戻った時、夫人はわたしにチケットを買ったかどうか尋ねました。わたしが20%値上げのことを彼女に話すと、彼女は”主を賛美します!何もかも完璧だわ!あなたがいない間にちょうど主人からお金をもっと送ったと言う知らせが電報で届いたのよ。彼には何故だかわからなかったけれど、主がこの余分の送金をするように彼に示されたの。彼はあなたがそれを必要としていることを感じたんだわ。さあ、これがそのお金よ。戻ってチケットを買っていらっしゃい!”神様を賛美します!いかに神様とともに歩むかを知っている彼の民のために!わたしははるばる中国から出てきました。そして神様は、はるばるアメリカから香港でわたしに会ってわたしをヨーロッパへ送るために誰かを送って下さったのです!これがどういうことだかわかりますか?これがただの偶然だと思いますか?神様は本当に現実で驚くばかりです。神様のタイミングは非の打ち所がありません。わたしは火曜日に香港を発ち、その婦人は水曜日にアメリカへ戻られました。

ヨーロッパへの旅

その船は貨物船で乗客は12人だけでした。わたしはシンガポールへ行くという香港の人と船室を共用していました。船が彼の目的地にだんだんと近づいて、シンガポールの地平線がだんだんぼうっと長く見えて来たとき、彼はわたしとともにひざまずいて彼の命を主に委ねました!

ヨーロッパまでの残りの旅の間、わたしは船室をひとりで使えたのでひどく必要としていた休息をとり、衰弱から回復することが出来ました。貨物船ではだれもがファースト・クラスで旅していました。主はわたしの健康を船の上の栄養のある食事と平安な休息で回復して下さいました。

ビルマで労働争議があり、ヨーロッパへ向けて運ぶ積荷を待つためそこで船が一ヶ月間停泊しました。その結果、わたしは通常料金で丸2ヶ月間を船の上で過ごすことになりました。ヨーロッパにつく頃にはわたしの健康はすっかり回復していました。主はまさにわたし達の必要をわかっておられます。

旅の間、乗客たちは船会社が20%の割増分を払い戻してくれるかどうか論議していました。彼らがわたしの意見を尋ねたとき、わたしは絶対にお金を払い戻してもらえると確信していると言いました。彼らはわたしの答えに当惑してどうしてそう思うのかと尋ねました。わたしは彼らに説明することができませんでしたが、しかしわたしがその20%を取り戻すことを主が示してくださっているのがわかっていました。

ヨーロッパに着いた時、わたしたちは船から降りて直ぐに船会社のオフィスへ行きました。わたしは即座に20%分の小切手を受け取りました。次の人も小切手がもらえると思っていましたが、船会社は支払いを拒否しました。その理由は契約に書かれているように払い戻しは完全に船会社のみの裁量に任せるものとするということでした。わたし以外の10名の乗客たちは20%を取り戻そうとして一日中オフィスでねばりましたが徒労に終わりました。

その20%の払い戻しに関して何かとても奇妙なことがありました。わたしは香港で運賃を米ドルで払い、ユーゴスラビアで払い戻しを受け取りました。しかし、払戻金は香港ドルでも米ドルでもなくまたユーゴスラビアの通貨でもなく、イギリス・ポンドだったのです!あとになって気がついたのですが、これはすべて神様が計画なさっていたことでした。

ヨーロッパへ到着

ヨーロッパにつくとわたしはすぐにスイスにいた母を訪ねました。母は命にかかわる手術を受けたばかりでした。わたしはヨーロッパで何をすべきか主の導きを待っていました。ある日わたしはチューリッヒへスイス銀行の頭取を訪ねて行きました。その人のサインが全てのスイス紙幣に印刷されている紳士です。(香港でだれかがわたしに彼の名前と住所をくれたのでした。)彼はとても敬虔なクリスチャンで彼の家族もみんなとても立派で謙遜な人たちでした。

汽車に乗ってチューリッヒを発つ時、彼の奥さんが汽車の中で読むようにと一冊の雑誌を手渡して下さいました。雑誌を受け取ってお礼を言いました。雑誌の背表紙には神学校の広告が載っていました。わたしはこの学校に志願してみようかなと自分に言いました。

主がわたしに何をしてもらいたいと望んでおられるのかわたしにはわかりませんでした。最初わたしは機械工学を勉強したいと思いましたが、考えれば考えるほど何よりもまず神学校に行って勉強する方がいいと感じました。わたしは広告を切り抜いてスコットランドにあるこの神学校に志願しました。わたしは学校に受け入れてもらえることになった時やっと何故払い戻しの小切手をイギリス・ポンドで受け取ったのかがわかりました。神様はわたしが英国でこの神学校に行くことをすでにご存知だったのです。その小切手で学費を支払った時、その金額は第一学期分を払うのにちょうどぴったりでした。

神様は全ての必要を満たしてくださった

神様はその後も続けても驚くべきやり方でわたしの人生に現れてくださいました。イギリスに着いた時、知っている人はひとりもいませんでした。わたしは労働を許可されていなかったので、神様に全学期間の必要を満たしてくださるように求めなければなりませんでした。神様は時々わたし達の信仰を試されます。神学校での最終学期が近づいた頃、わたしには学費を払うお金がありませんでした。ポケットにあるお金を数えてみるて、あと2,3日いると借金をすることになってしまうことに気がつきました。どうすればいいでしょう?聖書には互いに愛し合うことの外は、何人にも借りがあってはならない(ローマ人への手紙第13章8節)と書かれています。わたしはだれにも借りを作りたくありませんでした、それは神学校も含めてでした。

わたしは学籍係の人に学費が払えないので退学しますと言いました。彼はわたしの方に腕を回して言いました。”エリック、わたしたちは君が借金しているとはみなさないよ。少なくともこの学期の最後の一日までは。”

わたしは言いました。”ウィリアムソンさん、もし神様が学期の始めに備えてくださらないのなら、学期末に備えて下さるとどうしてわかるでしょう?その時にわたしが借金を背負うことになったら、聖書の教えにそむくことになります。”彼はわたしに頼むから居てくれと言いましたが、わたしは去らなくてはならないと彼に言いました。卒業証書はわたしにとって重要ではありませんでした。

わたしは階上の自分の部屋に戻り、主に神学校で勉強する機会を与えて下さったことを感謝しました。もしわたしがそこを去ることが主の御心でしたら、わたしは喜んでそれにしたがうつもりでした。幾人かにお別れの手紙を書こうとして便箋を開けたとき、その中にわたしは何を見つけたと思いますか?1ポンドの新札1束です!わたしは夢を見ているのかと思いました。紙幣を数えてみると、案の定それは最終学期の費用をまかなうのにちょうど十分な額でした!こんなことは今まで経験したことがありませんでした。

わたしは階下のウィリアムソンさんのところへ行きました。かれはわたしがお別れの握手をしに来たのかと思ったにちがいありません。その代わりわたしが彼に紙幣を渡した時、彼がどれほど驚いたか想像に難くないでしょう。わたしが一部始終を彼に説明した後、彼は”エリック、わたしたちはこの神学校で本当に驚くべきことが君達の生活を通して起こるのを何度か見てきたよ。”と言いました。

最近の出来事

主が本当にたくさんのことをしてくださった学生時代からその後、経過した長い年月については端折らなければなりませんが、最後に最近起こった出来事についてお話したいと思います。このことは現に生きておられる神様が彼の民を、彼らが神様とともに歩む時、どんな風に導かれるかということを示しています。

その例をお話する前に、これもまた最近(1985年)に起こった別のことをまず手短にお話するほうがいいでしょう。 ある日車で街へ行こうとしたときの事です。カナダの家の近くの交差点で停車していました。カナダでは、車が止まれのサイン(四叉路)に来たとき完全に停車しなければなりません。そして最初に止まった車が最初に道を渡る権利があります。完全に停車した後、わたしがアクセルを踏もうとしたとき、主の声が明確に聞こえて”動くな!”と言われました。それでわたしは止まりました。果たして1台のバスが

明らかに交通ルールを無視して交差点を突っ走って行きました。バスの運転手は止まれのサインを無視しただけでなく、そのサインの直前にあったバス停にも止まりませんでした。もしわたしがアクセルを踏んでいたら、そのバスはわたしの車に激突していたでしょう。主がわたしの命を救ってくださったのはこの1度だけではありません。

では最後の例をお話しましょう。いろいろな理由からここ何ヶ月かの間にわたしたちの教会の兄弟姉妹の中で親が亡くなったり、危篤状態で入院したりするケースがいくつかありました。そのうちのひとりはトロント教会でフルタイムで奉仕している姉妹でした。彼女のお父さんは糖尿病で、さらに肝臓病も併発していましたので定期的に透析を受けなければなりませんでした。ある日この姉妹がわたしに緊急の電話をかけてきて”国際電話がかかってきて父の容態が悪化したと言われました。でも、命にかかわる状況なのかどうか誰にも、お医者さんにすらわからないようです。わたしは家へ戻るべきでしょうか?”わたしは彼女に自分で主の導きを仰ぎなさいといいました。主の御前で待っていると、わたしは主から彼女のお父さんが間もなく亡くなるだろうと示されました。わたしは彼女に”お父さんが亡くなる前に証しできるようにできるだけ早くマレーシアに戻りなさい。”と言いました。彼女は警告を聞いてすぐに1番早い便でマレーシアに行きました。彼女が着いた時、彼女のお父さんは比較的小康状態にありました。2,3日の間彼に証しする機会がありました。彼女自身、看護婦だったので、彼の病状についてある程度わかっていました。状態が非常にいいようなので、彼女はモントリオールからクアラ・ルンプールに戻っていた兄弟姉妹を訪ねに出かけました。しかし、彼女が出かけている間にお父さんは亡くなりました。その死があまりにも突然だったので、彼女はとても驚いていました。しかし主はすでにわたしに彼女の父親が長く生きられないと言う事を示してくださいました。それでわたしは彼女にすぐに行きなさいと言ったのです。

その後まもなく同じようなことが起こりました。カナダにいる兄弟が香港から彼の父親が心臓発作で危篤だという緊急の電話連絡を受けました。この兄弟はすぐにわたしに電話してきてどうすればいいか尋ねました。主はただちにわたしに”彼の父親は死なない”というメッセージを下さいました。わたしは主からのメッセージをこの兄弟に伝えましたが、

彼は医師が彼の父親は極めて深刻な危篤状態だといっていますとさらに説明しました。しかし、わたしは彼に”主は君のお父さんは死なないとおっしゃったんだ!”と言いました。主の言葉通り、彼のお父さんは今日までまだ生きておられます。(編集者記:この証しが述べられたのは1985年ですが、その父親は1992年3月オアシスにこの証しが掲載された時点でも香港でまだ生きておられます。)

あなたが主とともに歩む時、主はご自身の秘密を明かされます。(参照:例 アモス書第3章7節、ダニエル書第2章19節22節28節30節)この両方のケースにおいてわたしが主から受け取ったメッセージは明らかに真偽のほどを確かめる事が出来ました。結果を見ればわたしが偽の預言者かどうかをすぐに確かめる事が出来ました。多くの占い師のようにわたしは結果に関係なく成就する事ができるようなあいまいな預言はしませんでした。逆に、主がわたしに、わたしを通して語られた言葉はとてもはっきりと明確だったので試され実証することができたのです。

結論

神様の偉大さはただ驚くばかりです。神様の驚くべき業のほんの一部を分かち合いましたが、これらのほんの数例だけでも人間的に説明をつけることはできません。もっと多くの例をお話することもできますが、時間がなくなってしまいました。

さて、わたしがクリスチャンになったことはわたしが主に奉仕することと切り離しては論じられない事がお分かりいただけたことと思います。わたしは神様に約束したので神様に奉仕する他に選択の余地はありませんでした。正直に言うと、逃げ出そうと思ったこともありました。しかし神様はいつもわたしに神様との約束を思い出させてくださいました。この何年もの間、神様はわたしが神様の恵みによって奉仕できるように正しい道にわたしを留めてくださいました。

あなた方の中には”何故神様はあなたに対してそんなに現実的なのですか?どうしてわたしたちは同じことが経験できないのでしょうか?”と思っている人がいるかもしれません。その秘密はこの事にほかありません。つまりそれはもしあなたが完全に神様に委ねるならば、そしてあなたが自分の十字架をとって神様に従うなら、まさにわたしが経験したと同じくあなたも神様から驚くべきことを経験するでしょう。

(c) 2012 Christian Disciples Church